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再び乗り越えなくてはいけないコロナ

しっかりと夏本番!いきなり暑い…でしたが

今日もまた突然豪雨に見舞われました。

自然も狂ってきてるようです。

世間は4連休。でも不急不要のお出かけは

遠慮くださいとテレビでも流れている。

コロナの感染が増加している。

でも一時期より気持ちは緩んでいる。

go to キャンペーンの実施も,私たち出張人には

とても嬉しい話だが、本当はどうなのか迷走している。

行っていいのか、だめなのか、いろんなことが流れ

一人一人がしっかり意識を持って、考えながら行動に

うつしていかなくちゃ混乱ばかりで、

どうしていいかわからない。

正しい方向なんて誰もわからない状況で

指示していくことは、苦悩しかないかと思うけど

ぎりぎりで踏ん張っている人たちがたくさんいます。

特定の誰かの欲だけにはならないよう願います。

 

 

 

 

 

| 人生いろいろ | 15:09 | comments(0) | - |
たくさんの苦境を乗り越えて

毎日毎日、長く降り続いている雨・・・

梅雨って毎年こんなに心配な気持ちになったかな?

天ケ瀬の際の山を通り抜ける宇治川ラインを使い

京都市内の工房に通ってます。

台風やゲリラ豪雨など強く降ればすぐに崖崩れをおこし

通行止めや片側通行になり、2倍3倍の時間がかかり

とても不便になります。

多い時は5か所信号が付き、そのたび停められていて。。

無事通り抜けられたら、やれやれと思いながらの走行です。

通らなければいいとの話ですが、回り道も面倒なものです。

 

父が亡くなってから、まだ1か月にもなりません。

告別式もなんだかすごく前の事のように思います。

1か月ってこんなに長かったのかと思います。

道を歩いているおじいさんの表情や仕草や背格好など

似た人を見ると、あれっ?て思います。

少し眉の間にしわ寄せ難しげな顔で歩いたはったなぁとか

歩き方がそっくりだったり、首を傾げた風に立ってるとか

探してしまいます。そんな時、涙が出ます。

今でも信じられないというか、苦しんだり、

寝たきりだったりじゃなく元気な姿が最後の姿だったので

なんか不思議な感じです。

93歳の何でもこなすスーパーおじいさんだったので、

どこかで颯爽と歩いてそうな気がします。

今のこの苦境と苦境が交差する私たちの工房をきっと

見守ってくれているのだと思うと心強いです。

支えてくれる人が増えたようで、絶対悪いようには

ならないという見えない確信が心の奥に根付いたように

勝手に感じています。

 

 

 

 

 

| 人生いろいろ | 17:21 | comments(0) | - |
父を送る日

6月15日

梅雨の雨が続く合間の晴れた日、『四代目京錀與 淳一』の

お通夜、告別式がとりおこなわれました。

93歳でした。

癌の進行で上手く動けない中、3日間で身辺を整理し、

ホスピスに入り、50日間、院長先生や看護師さんたちに

本当によく看てもらい、心地よい清々しい季節の中

最後にふさわしく、とても穏やかに過ごさせて頂きました。

ホスピスの入院した日に撮ってもらった写真にも表れています。

バタバタと入院の支度をして、病院という場所に移動し

病室で、この場所で、ふっと落ち着いた時の写真です。

本当に穏やかななんでも許してくれそうな笑顔です。

遺影にしたので、見るたびに癒されます。

ホスピスの50日間最初はお腹から下が浮腫み腫れて動きづらく

病気って怖いな、あっという間に歩けなくなる・・と言っていた通り

しんどかったと思いますが、入院しみるみる浮腫みが治まり、

頭がしっかりしている今迄通りの元気な父になり

コロナで面会が1日2人15分までだけど、父の

しゃべることが多すぎていつも行けば40分くらいかかり

すいません・・と受付の前を通るという習慣の日々を送ってました。

合間の時間も看護師さんつかまえてはしゃべり、

昔の武勇伝、戦争時の話、多彩な趣味の話、それはそれは

たくさんの方と話していたようです。

クレーンで入れてもらうお風呂は、極楽や、天国やと言っていました。

そんな日々が当たり前だったのですが、突然容体が急変し

翌日15日AM3時35分心停止その後医者による死亡確認が行われた。

深夜自宅にお電話をもらってすぐかけつけましたが間に合わず。。

前日は、心残りだったであろうコロナで出来なかった

祖母の17回忌法要のお経を住職に上げてもらい、

長男である兄の顔を見、すべてを終えたように

次の日、夜明ける前、旅立った。

朝4時から、病院を出る11時半まで、そばにいてる時間

すごく長く感じた。まるで窓を見ながら寝ているようだった。

たくさんの看護師さんが、最後の御挨拶させてくださいと

病室に来てくれた。たくさんいろいろな事教えてもらった。

その笑顔に癒された。楽しい人だったなど、言葉もらった。

本当にここで良い時間を過ごしていたのだと感じられた時間だった。

四十九日法要も8月2日になります。

お盆明けから、二方屋の売り出しの出張が詰まって来て、

なかなか来れなくなる、そんなこんなを考えた矢先

本当に悟ったかのように逝ってしまったような気がします。

強い豪雨が続く中、間の晴れた3日間で送ることが出来ました。

もちろんお葬式も色花を使ったこのコースでと決めてましたし

お金の流れも、しっかり伝え、最後に私が会った帰り際は、

これで完璧や・・と口にしました。後から考えると

本当に完璧な大往生だったと思うしかないと感じさせられます。

入院してからも、「こんなにしてもらいありがとう。

思い残すことない人生だった」何度も呟いていた。

息子達3人も時間を作ってはおじいちゃんに会いに行った。

体の異常を感じてから3ヵ月寄り添い、いろんな感情が出、

たくさんの事を考えたり、感じたり、私にとっても

なぜか自然で和やかな空気が流れる大切な時間だった。

うまく出来なかった事やしてあげられなかったこと、

ごめんなさいって思うこともたくさんあります。

それもひっくるめてこのような時間をもらったことを

心に刻み、感謝を忘れず過ごしていこうと思います。

 

まとまりのないめちゃくちゃな文を最後まで読んで頂き

ありがとうございます。

また思い出話をするかもしれません。

お付き合いくだされば幸いです。

生前お世話になった方々への感謝と共に

残された私たちも精いっぱい精進致します、

どうぞ相変わりなくお付き合いいただければ嬉しく思います。

 

 

 

 

| 人生いろいろ | 14:21 | comments(0) | - |
時間ができて何が出来る・・?

特に何もできないまま5月も半分過ぎようとしている。

コロナが無ければ今頃福岡三越に行ってて、

帰ってまたすぐ長崎に行くはずだった。

コロナが広がり、催事がすべて中止になった。

その事でホスピスに入っている先代と向き合うことや

関わること、話し相手になってあげる事

希望を聞き、欲しいものを揃えてあげたりできる

時間の有余が出来た。

人生の最後の時間をどう過ごすのか?

どこで過ごしたいのか?何を伝えればいいのか?

それまでの年月で私に出来ることは何?

自分にも置き換え考えてしまう。

この時間は、かけがえのないものかもしれない。

先代の生き様を見ながら人生最後の瞬間まで自分の姿勢が

誰かを励ましたり、元気を与えたりすることが出来れば、

なんて考えたりする。

どんな風にピリオドを打つのだろうか・・。

でも、それまでにやらなきゃいけないことが山とある。

最後まで元気で、働くことを楽しんで生きれれば

幸せな人生なんだろうな♡と、今はそう感じる。

 

 

 

| 人生いろいろ | 16:16 | comments(0) | - |
音沙汰なくても元気でいて。

京都宇治でお茶屋さんに勤めている三男。

通勤も自転車で休日も山用の自転車で

いつも走り回っている、絶えず動いている息子が

腹痛と止まらない下痢で、寝込んだ。

近くの内科では下痢止めだけもらった、が一向に良くならず

血液検査でおかしいので大きな病院に紹介され、診てもらった。

結局サルモレラ菌が悪さしていたこと2週間ほど経ってわかった。

この時期なので、なかなか丁寧にしっかりとは難しく

早口で様子を見ましょうが続き、コロナではないでしょうとは

言われたが原因が分からないほど不安なことはない。

三男が宇治に引越しして1年ほど経ち、それ以来家に

行ったことなかったのですがさすがに、動けないほどだったので、

買い出しや欲しいもの、洗濯や食器の片づけ、用事を済まして帰った。

洗濯してつるしてあるけど、しわしわのシャツ。

1週間分なのか、たくさんの下着や靴下。

帰って放り投げて布団に入ったのか、その日食べれなかった

お昼のお弁当の始末など、初めて生活に立ち入ったのだけど

ちゃんとひとりでやってるんだな・・

朝からお弁当も詰めているんだ。お茶も沸かしている。

仕事しながら、節約しながらしっかり生活している場に

今まで立ち入ったことなかったので、ちょっとうるっときた。

離れて暮らしていると、音沙汰なくても元気で毎日を

過ごしてくれていることが幸せって感じる。

復活し、元気な顔を見せてくれたので一安心です。

 

 

| 人生いろいろ | 17:49 | comments(0) | - |
グランドの声が聞こえない・・

緊急事態宣言が出され、2週間過ぎました。

奥の工房の仕事はひっそりと進んでいますが、

ギャラリーの方は11日より暖簾を下げ、閉じております。

コロナの終息を願うばかりです・・。

小学校に近い自宅、グランドでの子供たちのにぎやかな声が

響き渡るのですが、今はほんとに何も聞こえない

静かな朝です。

百貨店の京都・福岡・長崎そして響展と4つの催事やイベントが

中止となり、工房で黙々と事務仕事や発送や配達などやり

10時間の立ち仕事の催事がなくなり、身体は楽なのですが

精神的にしんどい、お金が回らない、、ということの中

仕事があるって、有り難い事だなと改めて身に沁みる。

毎日通える居場所があることって普通に幸せな事なんだ

なんて思う。

仕事が無くなり、店を閉じなくてはならない状況になり

これからどうなっていくのか誰もわからず、

不安ばかり襲ってくる。

たくさんの人がそんな気持ちと闘いつつ願う事

コロナよ、早く完全にいなくなれ!しかない・・

私は休日も家にいるので、ケーキを作ったり黒豆炊いたり、

庭のワラビを採り、お揚げと炊いたり・・。

真逆のゆるく流れる時間を過ごしています。

双方元気な姿で皆さんに会える日を待ちわびています。

 

 

 

 

| 人生いろいろ | 12:47 | comments(0) | - |
コロナの目に見えない恐怖

子供の頃から土曜の8時にはテレビの前にくぎ付け。

ザ・ドリフターズの「8時だよ!全員集合」が始まる。

ほんとにお笑い芸人などの言葉もない時から、

ただおもしろいから笑えるから、家族いっしょに見ていた。

新型コロナウイルスに感染しわずか6日でこの世を去った

志村けん。。笑いにかけてはとても計り知れないくらい

大きな存在だった人。たくさんの人から愛されていたんだと

テレビの追悼を見れば伝わってくる。

改めてコロナの恐ろしさを最後に世界中の人に伝えて

去ったように思えた。

憎まれし、恐るべきウイルス・・・。

3月31日義理の父が昨年夏に引き続き、泌尿器科の手術をした。

夏以降すこぶる元気だったけど、やはりコロナの影響で母の施設が

出入り禁止見舞い禁止となり、朝早くから毎日足を運ぶのが

日課となっていた生活がリズムを壊し体に異変を期した。

膀胱も尿道も腎臓も腫れ、手足もパンパンに浮腫み、

原因がわからない。結局手術をしてもがんは無さそうで

なんで腫れているかわからないという事だった。

2時間半の手術を終え麻酔も少しずつきれて、だんだんはっきり

してきて、言葉も頭のしっかりもすぐ戻りその速さにびっくりで。

2日前に大腸カメラをし、こんな痛くて気持ち悪いのは

93年生きてて1番だったと言っていた。

長く生きていれば、いい事ばかりだったらいいけど

嫌なことも幸せなことも痛い事も様々な事を体験する。

それでもまた元の生活に戻り、暮らしていくと当たり前に

思ってそれを実行している父には頭が下がる思いです。

寿命は人それぞれ・・しっかり前を向いて生きなきゃと

いろんな出来事から学ばせてもらってるような気がする。

 

 

 

 

| 人生いろいろ | 16:45 | comments(0) | - |
人生いろいろの一節に

出会いと別れと旅立ちと挑戦と・・・

様々な出来事が心に刻みゆく3月。

思いと涙と笑顔と感謝と寂しさと・・

本来はそんなキュンとなる3月のはずなのに、

悔しく哀しい、誰を怨むこともできない卒業生たち。

コロナの犯した罪は、計り知れないものとなっている。。

昨日コブクロの「卒業」という曲がテレビで流れてきた。

聞き入っているうちに思い出すのは、自分の卒業ではなく、

長男二男の双子たちの初めての卒園式だった。

何もできなかった二人を、ひとつひとつ丁寧に

見守りながら、世話をしてくれた、育ててくれた

保母さんたち。(今は保育士さんと呼ぶのだけど)

歌も歌わなかった。準備体操も突っ立ったまま。

お昼寝のお着かえも、お友達にしてもらい、

はじめは周りの遊んでいる子をじっと見てた。

身体も小さかったので、ついていけないこともあった。

卒園式、歌を歌ってる。名前を呼ばれ大きな声で返事している。

ちゃんと賞状もらいに行ってる。それだけで嬉しかった。

回りの子からしたら、当たり前の事だったことを

あたりまえにしている事に涙があふれ、大泣きしていた。

25年近く前の事。忘れていたこと。

コブクロの曲を聞き、頭の中で甦った。

こんなふとしたことでも心が動く瞬間。

こんな事もあったな〜卒業式出来なかったな〜って

年を重ねたいつの日か、振り返って笑いながら話せる日が

来ることを切に願っています。

 

 

 

| 人生いろいろ | 15:13 | comments(0) | - |
心の支えをとり戻せるように

昨年の夏終わったくらいから母の体調がすぐれず

持病の心臓は変わりなく、それでもしんどさが続くので

いろいろな病気やがんの検査をしながら、秋、冬と

過ごしてきた。歯の調子も悪かったので、痩せていき

歯も治療しながら、痔もあったのでこれも。。

もしかして婦人科かもと子宮がんの検査もした。

胆管も水管もMRIで診てもらった。

ひとつひとつ治しながら、身体を整える事が続いた。

ひどい痛みはだんだん引いていき、それでも怠く重いのは

精神的なものかも・・と。確かに毎日顔を突き合わせてる

認知症の父との日々の生活。ストレスも大きい事もある。

先生に進められ初めて精神科を受診した。

2人の先生に順番に話を聞いてもらい、ゆっくり顔を

覗き込むように話を進められる様子はさすがだな、と。

だんだん母のこわばった顔がほどけてくる

急いで何か焦っているように話してたのが

だんだんとゆっくり落ち着いて返事をするようになった。

大事なところが見えてきたような気がした。

心の治療の大事さも納得できたように思った。

また2か月後に様子を見せてくださいと言われ帰った。

少し居座っていた気持ちが動いたのだったらよかったと思う。

手探りだったけど、いろいろ試しながら

楽になれる事見つけて、自分の人生が観れるような

母の手助けが出来ればと思う。

 

| 人生いろいろ | 16:12 | comments(0) | - |
笑顔になるということ

8,9日は年に1度温泉が好きだったおじいちゃんを

温泉旅行に連れて行ってあげよう企画でした。

昨年夏終わりから、体調がすぐれなかった母なので

温泉どころではなく、1度キャンセルして・・と

言っていたのですが、父があまりにも楽しみにしていたのと

ほぼ毎日母の府立病院やかかりつけのお医者さん、外科の医院、

歯医者さんと付き添いしていたのでストレスも溜まりだし、

息子がおじいちゃんだけでも自分らで連れて行ってあげよと言った。

温泉はどうしても男手が必要なので、嬉しかった。

それはそれでまた一悶着もふた悶着もありつつ、

結局母も、一人で待っているのも不安だし、近いので

行くことになり、車2台の10人の団体旅となった。

母はしんどそうな時もあったけど割と元気で、父は何回も

「わしは幸せや〜。楽しかった☆」と嬉しそうな顔を見ると

来て良かったなぁと思う。

息子たちもしっかりフォローしてくれ、温泉も夕朝と入り

ふだんより表情もしっかりして、覚えていることも増え、

認知も戻ったのかと思うほどの時もあった。

母も帰ったらまた疲れて、しんどくなるかもしれないけど

そんな波を乗り越えながら、楽しみを作って

この先も生きていってもらえれば・・と思った。

これからも増々いろんな大変な事ばかりだけど、

ひとつひとつ、考えながら出来ることをしながら

無理なく日々過ごしていければ、と思う。

 

 

 

 

 

 

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